成人期の障害のある方が親亡き後も経済的に安定して暮らすための計画とお金の管理
はじめに
障害のある成人したお子様を持つ親御様にとって、「自分がいなくなった後、この子の生活はどうなるのだろうか」という不安は、多くの場合、お金や財産管理に関する心配と結びついています。親御様が築き上げてきた財産をどのように管理し、お子様の生涯にわたる生活費をどのように確保していくのか、考えるべきことは多岐にわたります。
この不安を軽減し、お子様が親亡き後も経済的に安定して暮らせるようにするためには、事前の計画と準備が非常に重要です。この記事では、成人期の障害のある方が親亡き後も経済的に安心して暮らすための考え方、利用できる制度、具体的な準備について解説します。
親亡き後のお金の課題と経済的安定に向けた考え方
親亡き後のお金に関する課題は、主に以下の点に集約されます。
- 生活費の継続的な確保: 障害年金などの公的給付だけでは不足する場合、親御様の遺産やその他の収入で、生涯にわたる生活費をどのように賄っていくか。
- 財産の適切な管理: 親御様が残した財産(預貯金、不動産など)を、お子様ご自身で管理することが難しい場合、誰が、どのように管理を行うか。
- 医療費や介護費用への対応: 予期せぬ病気や心身の状態の変化に伴う医療費・介護費用に備えるにはどうすれば良いか。
- 詐欺などからの財産保護: お子様が金銭的な判断を誤ったり、悪質な契約や詐欺の被害に遭ったりしないように、財産を保護する仕組みは必要か。
これらの課題に対し、単に「お金を貯めておく」だけでなく、「お子様が安心して生活できる仕組みを作る」という視点を持つことが重要です。
経済的な将来設計の柱:公的給付と親の資産
障害のある方が親亡き後も経済的に安定して暮らすための経済的な柱は、主に以下の二つです。
- ご本人が受けられる公的給付: 障害年金、特別障害者手当など、障害の状態や収入に応じてご本人が受け取ることができる国の制度です。これらは生活費のベースとなります。
- 親御様の資産: 親御様がこれまでに築いた貯蓄、不動産、保険金などです。これらを計画的に活用することで、公的給付で不足する生活費を補い、将来の様々な費用に備えます。
これら二つを組み合わせ、「お子様が将来、年間いくらくらいの生活費が必要になるか」を具体的に見積もり、そのために必要な財産や収入を逆算していくことが、経済的な将来設計の出発点となります。
親亡き後のお金の管理方法と選択肢
親亡き後、お子様ご自身での財産管理が難しい場合、その管理を誰に、どのように託すかが重要な課題となります。いくつかの選択肢があります。
1. 成年後見制度を利用する
成年後見制度は、判断能力が十分でない方を保護するための制度です。家庭裁判所に申し立てを行い、後見人等が選任されることで、財産の管理や様々な契約(福祉サービスの利用契約など)を本人に代わって行います。
- 法定後見制度: すでに判断能力が低下している場合に利用します。後見人、保佐人、補助人の3種類があり、本人の判断能力の程度に応じて区分されます。
- 任意後見制度: 本人に十分な判断能力があるうちに、将来、判断能力が低下した場合に備えて、あらかじめご自身で選んだ「任意後見人」に、どのような財産管理や身上保護に関する事務を委任するかを契約(任意後見契約)で決めておく制度です。親御様がご存命のうちに、将来、親亡き後にお子様の財産管理を任せる任意後見契約をお子様と結ぶという形は、お子様ご自身に契約内容を理解・判断できる能力が必要となるため、難しい場合があります。むしろ、親御様がご自身の財産を管理する際に、判断能力が低下した場合に備えて任意後見制度を利用したり、親御様の遺産を管理する方法として成年後見制度の利用を検討したりすることが一般的です。
成年後見制度における財産管理は、後見人が本人の利益のために行うことが義務付けられており、家庭裁判所が後見人を監督します。専門家(弁護士、司法書士、社会福祉士など)や親族が後見人になる場合があります。
2. 信託を活用する
信託とは、財産を持つ人(委託者)が、信頼できる人(受託者)に財産を託し、特定の目的(例えば、お子様の生活を支えるため)のために、財産から得られる利益を受益者(この場合はお子様)に与える仕組みです。
- 商事信託(信託銀行など): 信託銀行などの専門機関に財産の管理・運用を委託する方法です。厳格な管理が行われますが、ある程度のまとまった財産が必要となる場合が多く、費用もかかります。
- 民事信託(家族信託など): 家族など、親族間で信託契約を結び、特定の親族に財産管理を託す方法です。柔軟な契約内容を設定できる可能性がありますが、専門的な知識が必要であり、税務上の検討も不可欠です。親御様がお子様の将来の生活費として財産を託し、特定の親族や専門家を受託者として管理を任せ、お子様を受益者とする形で活用されることがあります。
成年後見制度が「本人の保護」を目的とするのに対し、信託は「財産の管理・承継」を目的とする側面が強いと言えます。それぞれの特性を理解し、どちらがお子様の状況や親御様の希望に合うか検討が必要です。
3. 親族による管理(限界と注意点)
成年後見制度や信託を利用せず、親族(例えば兄弟姉妹など)がお子様の財産管理や金銭管理を担うケースもあります。しかし、これは法的な権限に基づくものではないため、お子様名義の不動産の売却や高額な契約などを行う際に制約が生じたり、親族間のトラブルの原因になったりするリスクがあります。また、お子様ご自身が判断能力に乏しい場合、親族が勝手に財産を処分したとしても法的な責任を問うことが難しいといった問題も起こり得ます。
そのため、親族が管理を担う場合でも、後見制度や信託といった法的な裏付けのある仕組みの利用を検討することが強く推奨されます。
生活費の準備と資産の活用計画
必要な生活費を見積もり、それに応じて親御様の資産をどのように活用していくかを計画します。
- 必要な生活費の見積もり: 現在の生活費を基に、将来予測される医療費、介護費、住居費(施設利用費など)などを考慮して、年間、あるいは生涯に必要な費用を試算します。
- 公的給付の確認: お子様が現在受給している、または将来受給しうる障害年金などの金額を確認します。
- 不足額の計算: 必要な生活費から公的給付を差し引き、不足する金額を親御様の資産で賄う必要がある部分として算出します。
- 資産の活用方法: 不足額を補うために、預貯金を取り崩す、不動産を賃貸に出す、生命保険の死亡保険金を受け取る、といった具体的な資産の活用方法を計画します。定期的に安定した収入を得るために、金融商品を活用する方法なども検討される場合がありますが、リスクを十分に理解し、専門家と相談しながら慎重に進める必要があります。
計画を進める上での留意点
- 早期の着手: 親御様ご自身が元気で、意思決定能力があるうちに計画を始めることが最も重要です。
- 関係者との連携: 計画はお子様の生活に直接関わることですから、可能な範囲でお子様の意思を尊重しつつ、他のご家族(兄弟姉妹など)とも十分に話し合い、共通理解を得ておくことが望ましいです。また、お子様のケアに関わる相談支援専門員や施設職員などとも情報共有し、日々の生活実態に即した計画とすることが大切です。
- 専門家への相談: 財産管理や法的な手続き、資産運用などは専門的な知識が必要です。弁護士、司法書士、税理士、ファイナンシャルプランナー、信託銀行、相談支援事業所など、関係する専門家や機関に相談しながら進めるようにしてください。
- 定期的な見直し: 経済状況や法制度、お子様の状態は変化し得ます。一度計画を立てたら終わりではなく、定期的に見直しを行うことが重要です。
どこに相談すれば良いか
親亡き後のお金に関する計画や管理は、様々な専門分野に関わるため、複数の機関に相談することになる場合があります。
- 相談支援事業所: 障害のある方の生活全般に関する相談に乗ってくれる身近な窓口です。まずは現在の生活状況や将来への不安について相談し、必要な情報や他の専門機関を紹介してもらうことができます。
- 市区町村の障害福祉課: 障害福祉サービスや手当に関する情報提供を受けられます。成年後見制度に関する情報提供や、制度利用のサポートを行っている自治体もあります。
- 地域包括支援センター: 高齢者の総合相談窓口ですが、地域によっては高齢でない障害のある方の相談も受け付けている場合があります。また、親御様自身の将来の相談にも対応可能です。
- 弁護士・司法書士: 成年後見制度の申し立てや後見人候補者に関すること、遺言書の作成、民事信託契約など、法的な手続きや制度利用に関する専門的な相談ができます。
- 信託銀行: 商事信託を利用したい場合に相談します。障害のある方向けの信託商品を用意している銀行もあります。
- ファイナンシャルプランナー(FP): ご家族のライフプラン全体を踏まえた資金計画や資産運用、保険など、お金に関する総合的なアドバイスを受けることができます。障害のある方の親向けの相談に対応しているFPを選ぶと良いでしょう。
まずは身近な相談支援事業所や市区町村の窓口に相談し、必要に応じて他の専門機関につないでもらうのがスムーズです。
まとめ
成人期の障害のある方が親亡き後も経済的に安定して暮らすためには、親御様ご自身が元気なうちから計画的に準備を進めることが不可欠です。お子様が受けられる公的給付を確認し、親御様の資産をどのように活用・管理していくかを具体的に検討します。
その際には、成年後見制度や信託など、法的に財産管理を託す仕組みを理解し、お子様の状況やご家族の意向に合った方法を選択することが重要です。そして、これらの複雑な手続きや計画を円滑に進めるために、相談支援事業所、弁護士、司法書士、信託銀行、ファイナンシャルプランナーなどの専門家や関係機関のサポートを積極的に活用してください。
親御様の思いと事前の準備が、お子様の将来の安心につながります。一歩ずつ、確実に計画を進めていきましょう。