障害のある子の将来を見据えた権利擁護と財産管理 親が元気なうちから考える選択肢と準備
はじめに
ご家族に障害のある方がいらっしゃる場合、その方の将来、特に親御さんが高齢になったり、いなくなった後の生活について、様々なご不安をお持ちのことと思います。 中でも、障害のあるご本人の財産管理や、様々な契約・手続きを行う権利擁護は、親御さんが元気なうちにしっかりと準備しておきたい重要なテーマです。
「成年後見制度について聞いたことはあるけれど、手続きが難しそう」「他の選択肢はないのだろうか」「何から始めれば良いか分からない」といったお悩みをお持ちの方もいらっしゃるかもしれません。
この記事では、障害のある成人した方の将来を見据え、財産管理や権利擁護のために親御さんが元気なうちから考えるべきこと、そして成年後見制度をはじめとする具体的な選択肢について、分かりやすく解説します。
障害のある成人した子の権利擁護・財産管理の必要性
障害のある成人した方が、ご自身の意思に基づいて契約を結んだり、財産を管理したりすることが難しい場合があります。 例えば、預貯金の出し入れ、サービスの利用契約、不動産の管理や売買といった場面で、ご本人の判断能力に不安がある場合、法的な手続きを適正に行うことが困難になる可能性があります。 また、親御さんが亡くなられた後、ご本人が一人で財産を管理したり、日々の生活に必要な契約をしたりすることができなければ、ご本人の生活や財産が脅かされるリスクも生じます。
このように、障害のある方が地域で安心して暮らし続けるためには、ご本人の権利を守り、財産を適切に管理するための仕組み、すなわち「権利擁護」と「財産管理」の準備が不可欠となります。
親が元気なうちにできること:準備の重要性
親御さんが元気なうちに、障害のあるお子さんの将来の権利擁護・財産管理について話し合い、準備を進めることには、いくつかの重要なメリットがあります。
- 本人の意思や希望を反映しやすい: ご本人の意向を確認したり、親御さん自身の考えや希望を反映した仕組みを検討したりする時間と機会を持てます。
- 複数の選択肢を比較検討できる: 成年後見制度だけでなく、様々な制度や方法の中から、ご本人やご家族にとって最も適したものをじっくり選ぶことができます。
- 専門家と連携し、適切な手続きを進められる: 弁護士、司法書士、社会福祉士などの専門家と連携し、間違いのないように手続きを進めることができます。
- 家族の安心につながる: 将来への具体的な準備を進めることで、親御さんや他のご家族の不安を軽減し、安心して日々の生活を送ることができます。
親御さんが判断能力を失ったり、亡くなられたりした後では、選べる選択肢が限られたり、手続きがより複雑になったりする場合があります。そのため、「まだ早い」と思わず、早めに情報収集を始め、準備を進めることが大切です。
主な選択肢の解説
障害のある成人した方の権利擁護・財産管理を目的とした主な制度や方法には、以下のようなものがあります。
成年後見制度(法定後見)
ご本人の判断能力が不十分になった後に、家庭裁判所によって後見人などが選ばれ、ご本人を法律的に支援する制度です。 ご本人の判断能力の程度に応じて、「後見」「保佐」「補助」の3つの類型があります。
- メリット:
- ご本人の財産を守り、不利益な契約などから保護することができます。
- 医療や福祉サービスに関する契約、施設の入退所の手続きなどを後見人等が行うことができます。
- 家庭裁判所が選任した専門家(弁護士、司法書士、社会福祉士など)や、親族が後見人等になることができます。
- デメリット:
- 家庭裁判所への申立て手続きが必要です。
- 一度開始すると、原則としてご本人が亡くなるまで続きます。
- 後見人等の職務は家庭裁判所が監督します。
- 専門家が後見人等に選ばれた場合、報酬が必要になります。
- 契約自由の原則が制限される場合があります。
親御さんがご本人の法定後見人となることも可能ですが、ご自身の高齢化や健康状態、また他の相続人との関係などを考慮し、専門家を後見人候補者とすることも検討に値します。
任意後見制度
ご本人が十分な判断能力があるうちに、将来判断能力が不十分になった場合に備えて、あらかじめ自らが選んだ人(任意後見受任者)との間で、将来自分の生活、療養看護や財産管理に関する事務について代理権を与える契約(任意後見契約)を結んでおく制度です。
- メリット:
- ご自身で、誰にどのような支援を頼むか(契約の内容)を自由に決めることができます。
- 信頼できる人を任意後見受任者として選ぶことができます。
- デメリット:
- ご本人が契約締結時に判断能力を有している必要があります。
- 任意後見契約は公正証書で作成する必要があります。
- 任意後見契約の効力発生には、家庭裁判所による任意後見監督人の選任が必要です。
- 任意後見監督人には報酬が必要になります。
親御さんがお子さんと任意後見契約を結び、将来の任意後見受任者となることも考えられます。しかし、お子さん自身に契約内容を理解し、判断する能力が必要となるため、利用できるケースは限られます。
家族信託(民事信託)
財産を持つ人(委託者)が、信頼できる人(受託者)に自分の財産(信託財産)を託し、その財産を受益者(委託者自身を含む)のために管理・運用・処分してもらう仕組みです。障害のあるお子さんの財産管理や、親御さん自身の財産をお子さんのために承継させる目的で活用されることがあります。
- メリット:
- 信託契約の内容を比較的自由に設計できます。親御さんが亡くなった後の財産の使途などを、お子さんの生涯にわたって指定することも可能です。
- 柔軟な財産管理が可能です。
- 相続対策としても有効な場合があります。
- デメリット:
- 法務、税務に関する専門知識が必要となるため、専門家(弁護士、司法書士など)のサポートが不可欠であり、費用もかかります。
- 信託契約は複雑になることがあります。
- 相続税や贈与税などの税金について、十分な検討が必要です。
- 身上監護(医療やケアに関する契約など、財産管理以外の生活面での支援)は信託の目的とすることができません。身上監護については、別途、成年後見制度などを検討する必要があります。
親御さんが委託者となり、信頼できる親族を受託者、お子さんを受益者とする信託契約を結ぶといった活用例があります。
その他の選択肢
- 日常生活自立支援事業: 福祉サービス利用援助や日常的な金銭管理サービスを、社会福祉協議会が提供する事業です。ご本人の判断能力が比較的安定している場合に利用できます。
- 財産管理等委任契約: 特定の財産管理や身上に関する事務を、第三者に委任する契約です。委任する事務の内容を自由に決められますが、委任する側・される側双方に判断能力が必要です。
これらの制度や方法は、成年後見制度などと組み合わせて利用することも考えられます。
どの制度を選ぶか:比較検討のポイント
それぞれの制度には特徴があり、ご本人やご家族の状況、目的によって最適な選択肢は異なります。検討する際には、以下の点を考慮すると良いでしょう。
- ご本人の判断能力の程度: 現在の判断能力が、どの制度を利用できるかに影響します。
- 支援してほしい内容: どのような事務(財産管理、契約行為、身上監護など)について支援が必要かによって、適した制度が異なります。
- 誰に支援を任せたいか: 信頼できる親族か、専門家かなど、誰に担い手をお願いしたいかを考えます。
- 費用: 制度を利用するためにかかる費用(専門家への報酬、手続き費用など)を確認します。
- 手続きの負担: 制度を利用するための手続きがどの程度複雑かを確認します。
- 将来の柔軟性: 契約内容の変更の可否など、将来の状況変化への対応力も検討します。
一つの制度で全てをカバーできない場合、複数の制度やサービスを組み合わせて利用することも有効です。例えば、財産管理は家族信託で行い、身上監護は任意後見制度または将来の法定後見制度で補う、といった方法も検討できます。
専門家への相談の重要性
障害のあるお子さんの将来の権利擁護と財産管理は、法務、税務、福祉など、様々な専門知識が関わる複雑な問題です。インターネットや書籍で情報を集めることも重要ですが、個別の状況に合わせた最適な方法を見つけるためには、専門家への相談が不可欠です。
相談できる専門家としては、以下のような方が挙げられます。
- 弁護士: 法律全般に関する専門家です。成年後見制度の申立て、任意後見契約、家族信託契約書の作成など、幅広い相談に対応できます。
- 司法書士: 登記や供託、簡易裁判所における訴訟代理などを行う専門家です。成年後見制度の申立て手続きや後見人、任意後見契約書の作成、家族信託に関する手続きなどを依頼できます。
- 税理士: 税金に関する専門家です。家族信託や財産管理に関連する税務上の影響、相続税や贈与税について相談できます。
- 社会福祉士、精神保健福祉士: 福祉制度やサービスに詳しく、ご本人やご家族の状況に応じた総合的な相談に応じることができます。成年後見制度における市民後見人や、後見監督人となる場合もあります。
- 相談支援専門員: 障害福祉サービスに関する専門家です。ご本人のニーズに基づいたサービス等利用計画の作成や、様々な相談窓口へのつなぎ役となります。財産管理や権利擁護に関する直接の専門家ではありませんが、生活全般の相談の中でこれらの課題に気付き、適切な専門機関を紹介してくれます。
これらの専門家は、それぞれの得意分野が異なります。まずは、お住まいの市区町村の福祉窓口や相談支援事業所に相談し、全体の状況を説明した上で、どのような専門家が必要かアドバイスをもらうと良いでしょう。
具体的な準備のステップ
将来の権利擁護・財産管理の準備は、以下のステップで進めることをお勧めします。
- 情報収集: 本記事のような情報源や、関連書籍、市区町村のパンフレットなどで、制度の概要を知ることから始めます。
- 家族での話し合い: ご本人の意向を確認しつつ(可能な場合)、ご家族間で将来の希望や不安について話し合います。
- 現状把握と課題の整理: 現在の財産状況、必要な支援、親亡き後に想定される課題などを整理します。
- 専門家への相談: お住まいの市区町村の福祉窓口や相談支援事業所などを通じて、専門家(弁護士、司法書士など)に相談します。複数の専門家から話を聞き、信頼できる方を見つけることも大切です。
- 選択肢の検討と決定: 専門家のアドバイスも踏まえ、最適な制度や方法を決定します。
- 手続きの実行: 決定した制度に応じた手続き(家庭裁判所への申立て、公正証書の作成、信託契約の締結など)を進めます。専門家のサポートを受けながら行うことが一般的です。
- 定期的な見直し: 状況は変化する可能性があります。必要に応じて、定期的に準備内容を見直すことが重要です。
これらのステップは、必ずしも順番通りに進むものではありません。情報収集と並行して相談したり、家族での話し合いを重ねたりしながら、無理のないペースで進めていくことが大切です。
まとめ
障害のある成人したお子さんの将来について考える際、権利擁護と財産管理は避けて通れない重要な課題です。親御さんが元気なうちに準備を始めることで、お子さんの意思や希望を尊重しつつ、最適な仕組みを構築することが可能になります。
成年後見制度、任意後見制度、家族信託など、様々な選択肢があり、それぞれにメリットとデメリットがあります。ご本人やご家族の状況に合わせて、これらの制度を比較検討し、必要に応じて複数の方法を組み合わせることも視野に入れると良いでしょう。
この課題に取り組むことは、決して容易なことではありません。しかし、早めに情報収集を始め、信頼できる専門家のサポートを得ながら、一歩ずつ準備を進めていくことで、お子さんの将来の安心へとつながる道を切り開くことができます。
不安を感じることもあるかもしれませんが、多くのご家族が同じ課題に直面し、様々な方法で乗り越えています。この記事が、皆様が将来への準備を始めるための一助となれば幸いです。
参考情報・相談先
- お住まいの市区町村の障害福祉課などの窓口
- 相談支援事業所
- 地域包括支援センター(高齢の親御さんの場合)
- 各都道府県の弁護士会
- 各都道府県の司法書士会
- 各都道府県の社会福祉協議会(日常生活自立支援事業など)
- 公益社団法人成年後見センター・リーガルサポート(司法書士)
- 公益社団法人ぱあとなあ(社会福祉士)
これらの窓口や団体に連絡することで、専門家や関係機関の紹介を受けることができます。
※本記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の状況に対する法的なアドバイスではありません。具体的な手続きや制度利用については、必ず専門家にご相談ください。