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障害のある成人した子の将来を見据えた相続対策 遺言書作成と財産管理のポイント

Tags: 相続, 遺言, 財産管理, 親亡き後, 障害者支援

はじめに

お子さんに障害や病気がある場合、親御さんが最も心を砕かれることの一つに「親亡き後のお子さんの生活」があるかと思います。特に経済的な基盤である「財産」をどのように引き継ぎ、管理していくかは、多くの親御さんにとって大きな懸念事項です。

法定相続の仕組みだけでは、お子さんの将来に十分な配慮ができないケースも少なくありません。このため、親御さんがご自身の意思を反映させ、お子さんが親亡き後も安心して暮らせるようにするための相続対策は非常に重要になります。

この記事では、障害のある成人したお子さんのために、親御さんが元気なうちからできる相続対策、特に遺言書の作成と、引き継がれた財産の管理方法について解説します。

なぜ相続・遺贈による対策が必要なのか

民法で定められている法定相続では、相続人全員で遺産分割の話し合い(遺産分割協議)を行うことが原則です。しかし、お子さんに判断能力の課題がある場合、ご自身で遺産分割協議に参加することは難しく、成年後見人などが代わりに手続きを行うことになります。

また、法定相続分どおりに財産を分割した場合、お子さんが受け取る財産が、長期にわたって安心して暮らしていくために十分であるとは限りません。他の相続人との関係によっては、お子さんにとって必ずしも望ましい形で財産が分配されない可能性もゼロではありません。

このような状況を防ぎ、親御さんの「お子さんに将来こうあってほしい」「この財産はお子さんのために使ってほしい」という願いを確実に実現するために有効な手段が、遺言書を作成することです。遺言書があれば、法定相続とは異なる割合や方法で、特定の財産をお子さんに引き継がせることができます。

遺言書でできること:障害のある子への配慮を盛り込む

遺言書には、誰にどの財産をどれだけ相続させるか(または遺贈するか)を具体的に指定する項目があります。ここで、障害のあるお子さんが、親亡き後も安定した生活を送れるように配慮した内容を盛り込むことが重要です。

例えば、

また、遺言書には「付言事項」として、相続や遺贈の内容とは別に、家族へのメッセージや希望を自由に書き残すことができます。ここに、お子さんへの想い、どのような暮らしを願うか、きょうだいへの協力のお願いなどを記しておくことで、遺言書の執行がスムーズに進みやすくなったり、ご自身の真意を伝えることができたりします。

遺贈という選択肢:成年後見制度との連携も

遺言書では、法定相続人以外の人や団体に財産を与える「遺贈」を指定することもできます。

例えば、お子さんの成年後見人になってくれる予定の方や、お子さんのケアを将来担ってくれることが期待できる親族などに、遺贈の形で財産を託し、お子さんの生活支援のために役立ててもらうことも考えられます。ただし、遺贈を受けた側にどのような「負担」を求めるかは、遺贈を受ける側と事前に十分に話し合い、同意を得ておくことが不可欠です。

遺贈によって財産を受け取った方(受遺者)が、成年後見人としてその財産をお子さんのために管理・活用していくという流れも可能です。このように、遺言と成年後見制度を組み合わせて活用することで、より安心できる財産管理体制を構築することができます。

遺言書作成のステップと形式

遺言書にはいくつかの形式がありますが、障害のあるお子さんのために確実に財産を引き継ぐためには、専門家が関与する「公正証書遺言」をお勧めします。

公正証書遺言とは

公証役場で、公証人が遺言者本人の意思に基づき、遺言の内容を正確に文章化し、作成する遺言書です。証人2名以上の立ち会いが必要です。

メリット: * 法律の専門家である公証人が作成するため、方式不備で無効になる心配がありません。 * 遺言書原本は公証役場で保管されるため、紛失や偽造の心配がありません。 * 家庭裁判所の検認手続きが不要なため、相続開始後の手続きがスムーズです。 * 遺言の内容について、公証人から専門的なアドバイスを得られます。

デメリット: * 作成に費用がかかります(財産の価額に応じて計算されます)。 * 証人を2名以上用意する必要があります(利害関係者は証人になれません。公証役場で紹介してもらうことも可能です)。 * 遺言の内容を公証人や証人に知られることになります。

作成のステップ

  1. 財産と相続人の確認: どのような財産があり、誰に引き継がせたいのか、相続人は誰がいるのかを整理します。お子さんの障害や必要なケアにかかる費用なども考慮し、必要な財産額を具体的に検討します。
  2. 遺言内容の決定: 誰に何をどれだけ引き継がせるか、付言事項には何を書きたいかなどを具体的に考えます。お子さんの成年後見人候補者など、将来の支援体制も踏まえて検討します。
  3. 公証役場への相談・申込み: 事前に公証役場に連絡し、公正証書遺言作成の予約をします。この際に、遺言の内容や財産、相続人について伝えます。
  4. 必要書類の準備: 遺言者本人の印鑑証明書、実印、住民票、財産に関する資料(不動産の登記簿謄本、固定資産評価証明書、預貯金通帳など)、相続人との関係を示す戸籍謄本などが必要になります。お子さんの状況に関する資料(障害者手帳、診断書など)もあると、公証人が遺言者の意思をより正確に把握しやすくなります。
  5. 証人の手配: 証人となってくれる方(2名以上)を探します。公証役場に紹介を依頼することも可能です。
  6. 遺言書の作成と署名押印: 予約した日時に公証役場へ出向き、公証人が作成した遺言書原案を確認します。内容に間違いがなければ、証人立ち会いのもと、遺言者、証人、公証人がそれぞれ署名・押印して完成です。

自筆証書遺言について

遺言者が全文、日付、氏名を自書し、押印する形式です。費用がかからず手軽ですが、方式不備で無効になるリスクや、紛失・偽造のリスクがあります。また、相続開始後に家庭裁判所での検認手続きが必要です。お子さんの将来に関わる重要な遺言は、公正証書遺言の方が安心できるでしょう。

遺言と財産管理の連携:成年後見制度や信託

遺言によって財産がお子さんに引き継がれた後、その財産をどのように管理・活用していくかも重要な課題です。お子さんがご自身で財産管理を行うことが難しい場合は、成年後見制度や信託といった仕組みを活用することを検討します。

成年後見制度との連携

遺言書で成年後見制度の利用を希望する旨を記載したり、成年後見人候補者を指定したりすることで、親亡き後の財産管理体制をスムーズに構築することができます。成年後見人は、お子さんの財産を適切に管理し、お子さんの生活や医療、福祉サービスにかかる費用などを支払う役割を担います。

信託(家族信託など)の活用

親御さんと受託者(財産管理を託される人。親族や専門家など)との間で信託契約を結び、お子さんを受益者として財産を託す方法です。契約内容を柔軟に設計できるため、「お子さんの生活費として毎月一定額を渡す」「医療費が必要になったら支払う」といった具体的な使い道を定めることができます。遺言書で信託を設定することも可能です(遺言信託)。

遺言執行者の指定

遺言書の内容を確実に実現するため、「遺言執行者」を指定することが強く推奨されます。遺言執行者は、遺言の内容に従って、相続財産の目録作成、預貯金の払い戻し、不動産の名義変更などの手続きを行います。弁護士や司法書士などの専門家を指定することで、手続きが円滑に進みます。

その他の留意点

どこに相談すれば良いか

相続や遺言、財産管理に関する悩みや手続きは複雑です。一人で抱え込まず、専門家や相談窓口に相談することをお勧めします。

これらの専門家や機関と連携しながら、お子さんにとって最も安心できる将来設計を具体的に進めていくことが大切です。

まとめ

障害のある成人したお子さんが、親亡き後も経済的に安定し、安心して自分らしい生活を送るためには、親御さんが元気なうちから相続対策に取り組むことが非常に重要です。

遺言書を作成することで、親御さんの願いをお子さんの財産に託し、その後の財産管理に成年後見制度や信託を活用するなど、複数の制度を組み合わせて活用することで、よりきめ細やかな支援体制を構築できます。

複雑に感じられるかもしれませんが、まずは信頼できる専門家や相談窓口に一歩踏み出して相談してみることから始めてみてはいかがでしょうか。適切な情報と支援を得ながら、お子さんの将来のための安心できる計画を立てていきましょう。