障害のある方のための財産管理・金銭管理 親が元気なうちからできる準備と利用できる制度
はじめに:将来の財産管理・金銭管理への不安
ご家族に障害のある方がいらっしゃる場合、「この子が将来、自分一人で生活するようになったら、お金の管理はどうなるのだろう」「親が亡くなった後、この子の財産は誰が管理してくれるのだろうか」といった不安を感じる方は少なくないでしょう。
特に、ご本人が金銭管理を自分自身で行うことが難しい場合、日常生活のお金のやりくりから、大切な財産を守り管理することまで、将来にわたってどのように支えていくべきか、真剣に考える必要があります。
この記事では、障害のある方のための財産管理・金銭管理について、親御さんが元気なうちからできる準備や、将来のために活用できる制度について詳しく解説します。
なぜ将来の財産管理・金銭管理の準備が必要なのでしょうか
障害のある方が将来、安心して地域で暮らしていくためには、衣食住に関わる費用だけでなく、医療費や福祉サービスの利用料など、様々な場面でお金が必要になります。ご本人がこれらの費用の管理を適切に行うことが難しい場合、次のような課題が生じる可能性があります。
- 生活費の不足や浪費: 収入や手持ちのお金を計画的に使えず、生活費が不足したり、不要なものに使いすぎたりしてしまうリスクがあります。
- 契約トラブル: 不適切な契約を結んでしまったり、悪質な商法の被害に遭ったりする危険性があります。
- 財産の散逸: 貯蓄や不動産などの大切な財産を適切に管理できず、失ってしまう可能性があります。
- 相続手続きや公的な手続きへの対応困難: 親御さんが亡くなった後の相続手続きや、行政機関での各種手続き(年金の手続きなど)をご本人だけでは行えない場合があります。
これらの課題を未然に防ぎ、ご本人が安心して生活を送れるようにするためには、親御さんが元気なうちから将来を見据えた財産管理・金銭管理の準備を進めておくことが非常に重要になります。
親御さんが元気なうちからできる準備
将来のためにできる準備は多岐にわたりますが、まずは身近なことから始めることができます。
1. 日常的な金銭管理の練習や支援
ご本人の能力や状況に応じて、できる範囲で金銭管理に関わる練習を始めたり、日常的な支援を行ったりすることが考えられます。
- お小遣い帳をつける練習: 簡単な収支を記録する練習を通して、お金の流れを意識するきっかけを作る。
- 一緒に買い物に行く: 予算内で買い物をしたり、お釣りの確認をしたりする体験を積む。
- キャッシュレス決済の検討: 現金の管理が難しい場合、使いすぎ防止機能のあるキャッシュレス決済サービスなどを検討する。
- 定期的なお金の使い方の確認: 一緒に家計簿を見たり、通帳を確認したりして、お金の使い方を振り返る時間を持つ。
ご本人がどこまで自分でできるか、どのような支援が必要かを把握することは、将来の計画を立てる上で役立ちます。
2. 財産状況の整理と共有
親御さん自身の財産状況(預貯金、不動産、保険など)と、お子さん名義の財産があればその状況を整理し、リスト化しておくことが推奨されます。 また、信頼できる親族がいれば、将来のことについて話し合い、財産状況や希望する支援について共有しておくことも有効です。
3. 相談できる場所を探しておく
将来のことに漠然とした不安がある場合、専門機関に早めに相談してみることも大切です。
- 市区町村の福祉窓口: 地域の障害福祉に関する情報や相談先について教えてもらえます。
- 相談支援事業所: 障害のある方やそのご家族からの様々な相談に応じ、必要な情報提供やサービス等利用計画の作成支援を行います。
- 地域包括支援センター: 高齢者の総合相談窓口ですが、ご家族の状況によっては情報提供や関係機関へのつなぎ役を担ってくれる場合もあります。
- 弁護士会・司法書士会: 成年後見制度や相続など、法的な手続きや財産管理に関する専門的な相談ができます。
どこに相談すれば良いか分からない場合は、まずは身近な市区町村の窓口や相談支援事業所に連絡してみると良いでしょう。
将来に備えるための制度や選択肢
親御さんが亡くなった後や、親御さんによる支援が難しくなった後の財産管理について考える場合、主に次のような制度や方法があります。
成年後見制度(法定後見制度)
成年後見制度は、精神上の障害(知的障害、精神障害、認知症など)により判断能力が十分でない方を保護・支援するための制度です。家庭裁判所が選任した成年後見人等が、ご本人に代わって財産を管理したり、様々な契約(サービスの利用契約や入退所施設に関する契約など)を行ったりします。
- 対象: 判断能力が十分でない方。判断能力の程度によって「後見」「保佐」「補助」の3つの類型があります。
- 後見人の役割(財産管理に関連する部分):
- ご本人の財産(預貯金、不動産など)を管理します。
- ご本人の生活費、医療費、施設利用料などの支払いを管理します。
- 年金やその他の収入の管理を行います。
- 家庭裁判所への報告義務があります。
- メリット: 家庭裁判所が監督するため、財産が適切に管理されているかチェック機能が働きます。専門家(弁護士、司法書士、社会福祉士など)や親族などが後見人になることができます。
- デメリット: 一度開始すると原則としてご本人が亡くなるまで続きます。家庭裁判所への報告義務など、手続きに一定の煩雑さがあります。後見人に専門職が就いた場合、報酬が発生します。
- 手続き: ご本人、配偶者、四親等内の親族などが家庭裁判所に申立てを行います。
任意後見制度
任意後見制度は、ご本人が十分な判断能力があるうちに、将来判断能力が不十分になった場合に備えて、あらかじめ自分で選んだ代理人(任意後見人)に、生活、療養看護、財産管理に関する事務について代理権を与える契約(任意後見契約)を結んでおく制度です。
- 対象: 契約締結時に判断能力がある方。
- 仕組み: ご本人(委任者)と、将来任意後見人となる方(受任者)が、公正証書を作成して契約を結びます。ご本人の判断能力が低下した後、家庭裁判所が任意後見監督人を選任したときから契約の効力が発生し、任意後見人が契約に基づいた事務を行います。
- メリット: 将来の支援者や支援内容を自分で決めることができます。
- デメリット: 契約内容によっては対応できないこともあります。任意後見監督人への報酬が発生します。
- 手続き: 公正証書による任意後見契約の締結が必要です。判断能力低下後に家庭裁判所へ任意後見監督人選任の申立てが必要です。
成年後見制度(法定後見)は、本人の判断能力が低下してから利用を検討するのに対し、任意後見制度は、本人の判断能力があるうちに、将来に備えて計画的に利用する制度です。
その他の方法(家族信託など)
家族信託(民事信託)は、ご本人が持つ財産を、信頼できる家族等に託し、ご本人のために管理・運用してもらう仕組みです。比較的新しい仕組みであり、柔軟な設計が可能ですが、専門的な知識が必要となる場合が多く、手続きも複雑になる可能性があります。
ご本人の状況や財産の種類、ご家族の希望によって最適な方法は異なります。これらの制度の利用を検討する際は、専門家(弁護士、司法書士、税理士など)に相談することをお勧めします。
財産管理・金銭管理における具体的な支援の内容
成年後見人や任意後見人などが、具体的にどのような財産管理・金銭管理を行うのでしょうか。
成年後見人による財産管理の例
- 財産の把握と管理: ご本人の預貯金口座、有価証券、不動産などの財産を調査し、リストを作成します。必要に応じて、ご本人名義の口座を成年後見人などが管理する口座にまとめたり、印鑑や通帳を適切に保管したりします。
- 収入・支出の管理: 年金などの収入を受け取り、ご本人の生活に必要な費用(食費、家賃、水道光熱費、医療費、福祉サービスの利用料など)を支払います。毎月の収支を記録し、家計を管理します。
- 不要な契約の取消しや財産の保全: ご本人が悪質な契約を結んでしまった場合にこれを取り消したり、ご本人の財産が不当に失われることのないよう保全したりします。
- 相続に関する手続き: 親御さんなどが亡くなり、ご本人が相続人となった場合、遺産分割協議などの相続手続きにご本人を代理して(または同意して)関わります。
- 家庭裁判所への報告: 管理している財産状況や収支について、定期的に家庭裁判所に報告します。
成年後見人は、ご本人の財産を守り、ご本人の生活のために必要な支出を管理することが主な役割です。ご本人の利益のために、善良な管理者として職務を行う義務があります。
任意後見人による財産管理の例
任意後見人による財産管理の内容は、任意後見契約で定めた範囲内で行われます。契約によって、預貯金の管理や支払い、不動産の管理・処分など、様々な事務を委任することができます。任意後見人は、任意後見監督人の監督を受けながら、契約に基づいた事務を行います。
相談先と情報収集のヒント
将来の財産管理・金銭管理について考える上で、一人で悩まず、積極的に情報を収集し、相談することが重要です。
- 市区町村の福祉窓口・相談支援事業所: まずは地域の福祉サービスや制度に関する一般的な情報を得るために相談してみましょう。成年後見制度に関する情報提供や、弁護士・司法書士会などの専門機関につないでくれることもあります。
- 家庭裁判所: 成年後見制度(法定後見・任意後見監督人選任)に関する手続きの窓口です。制度の概要や申立て手続きについて詳しく説明を受けることができます。各地の家庭裁判所には「成年後見制度に関する相談窓口」が設けられています。
- 弁護士会・司法書士会: 成年後見制度の申立て手続きの代理、成年後見人候補者の紹介、任意後見契約に関する相談や公正証書作成のサポート、家族信託に関する相談など、専門的なアドバイスや支援を受けることができます。
- 社会福祉協議会: 成年後見制度における市民後見人の育成や支援を行っている場合があります。また、「日常生活自立支援事業」として、福祉サービスの利用援助や金銭管理の援助を行っている地域もあります。これは、ご本人の判断能力が比較的保たれている場合に利用できるサービスです。
インターネットや書籍で情報収集する際は、情報の正確性を確認することが重要です。公的機関(裁判所、法務省、厚生労働省、市区町村など)が発信する情報を参考にしましょう。
まとめ:一歩踏み出す勇気を持つこと
障害のあるご家族の将来の財産管理や金銭管理は、多くの親御さんにとって大きな不安の種かもしれません。しかし、問題から目を背けるのではなく、親御さんが元気なうちから一つずつ準備を進め、利用できる制度について知っておくことが、将来の安心につながります。
すぐに全ての準備を整えることは難しいかもしれませんが、まずは「相談してみる」「情報収集を始める」といった小さな一歩から踏み出してみてはいかがでしょうか。専門家や支援機関は、ご家族の状況に合わせて適切なアドバイスやサポートを提供してくれます。
障害のある方が、将来にわたって経済的な面でも安心して、その人らしい生活を送れるよう、この記事が皆様の準備の助けとなれば幸いです。