障害のある方の権利擁護 親が事前に検討できる成年後見制度以外の選択肢:任意後見制度や日常生活自立支援事業
はじめに:障害のある方の権利擁護と親御さんの不安
成人期を迎えた障害のあるお子さんをお持ちの親御さんにとって、ご自身の高齢化に伴い、お子さんの将来について様々な不安を感じることは自然なことです。特に、「親亡き後」のお子さんの生活、財産管理、そして本人の意思決定をどのように守っていくか、といった「権利擁護」の問題は、多くの方が深く悩まれるテーマの一つです。
成年後見制度については耳にしたことがあるかもしれませんが、実はそれ以外にも、親御さんが元気なうちからお子さんの将来のために準備できる権利擁護の選択肢があります。本記事では、成年後見制度の概要に触れつつ、特に「任意後見制度」と「日常生活自立支援事業」という二つの制度に焦点を当て、その特徴や利用方法、そして親御さんが検討する際のポイントについて解説します。これらの制度を知ることで、将来への漠然とした不安を軽減し、具体的な準備を始めるための一助となれば幸いです。
障害のある方の権利擁護の重要性
障害のある方が、自らの意思に基づき、地域社会で安心して尊厳を持って暮らしていくためには、様々な権利が適切に守られる必要があります。特に、判断能力に不安がある場合や、複雑な手続きを一人で行うことが難しい場合には、第三者による支援が不可欠となることがあります。
権利擁護とは、本人の権利や利益を守り、意思決定を支援することです。これには、財産管理、契約行為の支援(福祉サービスの利用契約、住居の賃貸契約など)、あるいは医療に関する意思決定の支援などが含まれます。将来にわたって本人の権利を守り、希望する暮らしを実現するためにも、適切な権利擁護の仕組みを準備しておくことが重要です。
成年後見制度の概要(比較のために)
権利擁護の代表的な制度として、成年後見制度があります。成年後見制度は、認知症、知的障害、精神障害などによって判断能力が十分でない方の権利や財産を守るための制度です。
成年後見制度には大きく分けて二つの種類があります。
- 法定後見制度: 本人の判断能力が不十分になった後、家庭裁判所への申立てによって開始される制度です。本人の判断能力の程度に応じて、「後見」「保佐」「補助」の三つの類型があります。家庭裁判所が本人の状況に応じて後見人等を選任します。
- 任意後見制度: 本人が判断能力があるうちに、将来判断能力が不十分になった場合に備えて、あらかじめ自分で選んだ任意後見人になる方との間で、どのような事務について代理権を与えるかを契約(任意後見契約)によって決めておく制度です。
法定後見制度は、家庭裁判所が後見人等を選任するため、親御さんが希望する人が必ずしも選ばれるとは限りません。また、一度開始すると原則として本人が亡くなるまで続き、家庭裁判所の監督が及びます。これに対し、任意後見制度は、自分で後見人を選び、契約内容も決められるという特徴があります。
親が事前に検討できる選択肢(成年後見制度以外)
成年後見制度、特に法定後見制度は、本人の判断能力が不十分になった「後」に利用が検討されることが多い制度です。一方、親御さんがご自身の元気なうちから、お子さんの将来のために事前に準備できる権利擁護の選択肢として、以下のようなものがあります。
1. 任意後見制度
前述の通り、任意後見制度は成年後見制度の一種ですが、親御さんが「事前の準備」として活用できる点が重要です。
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制度の仕組み: 本人がまだ判断能力があるうちに、将来の後見人となる方(任意後見受任者)との間で、「任意後見契約」を結びます。この契約は公正証書で作成する必要があります。契約締結後、公証役場を通じて登記されます。 将来、本人の判断能力が不十分になったときに、家庭裁判所に申立てを行い、任意後見監督人が選任されると、任意後見契約の効力が生じ、任意後見受任者が「任意後見人」として、契約で定めた事務(財産管理や身上監護に関する事務)を行います。任意後見人は任意後見監督人の監督を受けます。
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親御さんが検討するメリット:
- 後見人を選べる: 親御さん自身や、信頼できる親族、専門家(弁護士、司法書士、社会福祉士など)を任意後見受任者として選ぶことができます。これは、家庭裁判所が選任する法定後見人とは異なる大きな特徴です。
- 契約内容を決められる: どのような事務を任せるか(例えば、預貯金の管理、公共料金の支払い、福祉サービス契約、医療に関する同意など)を、契約で具体的に定めることができます。お子さんの状況や将来の希望に合わせて、柔軟な内容を設定することが可能です。
- 将来に備えられる: 判断能力があるうちに契約しておくことで、将来判断能力が低下した場合でも、希望する人に、希望する内容の支援をしてもらう準備ができます。
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検討する上での注意点:
- 本人の判断能力: 任意後見契約を締結するためには、契約時に本人が契約内容を理解し、同意できる程度の判断能力が必要です。障害の種類や程度によっては、任意後見制度の利用が難しい場合もあります。
- 任意後見監督人の費用: 任意後見契約の効力が発生すると、家庭裁判所が任意後見監督人を選任します。任意後見監督人には報酬が発生し、本人の財産から支払われることになります。
- 契約の相手: 任意後見契約を結ぶ相手(任意後見受任者)は、信頼できる人物を選ぶことが非常に重要です。
2. 日常生活自立支援事業
日常生活自立支援事業は、判断能力に不安がある方が、地域で安心して日常生活を送れるよう、福祉サービスの利用手続きや日常的な金銭管理を支援する事業です。これは社会福祉法に基づき、各都道府県の社会福祉協議会が実施しています。
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制度の仕組み: 本人が社会福祉協議会に相談し、契約内容について理解・判断した上で、社会福祉協議会との間で契約を締結します。社会福祉協議会の専門員(専門員)が支援計画を作成し、計画に基づき生活支援員が具体的な支援を行います。支援内容は、福祉サービスの利用手続きの援助、公共料金や家賃の支払い代行、年金等の受領確認、通帳や印鑑、証書類などの預かりなどです。
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親御さんが検討するメリット:
- 比較的利用しやすい: 成年後見制度に比べて、より手軽に利用を開始できる場合があります。本人の判断能力が成年後見制度を利用するほどではないが、支援が必要という場合に適しています。
- 日常的な支援に特化: 日々の生活に必要なサービス利用や金銭管理に特化しており、本人が地域で安定して暮らすための基盤となる支援が得られます。
- 社会福祉協議会が実施主体: 公的な性質を持つ社会福祉協議会が実施しているため、安心感があります。
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検討する上での注意点:
- 契約能力が必要: 本人が契約内容を理解し、契約締結の意思表示ができる程度の判断能力が必要です。
- 支援範囲の限界: 財産の処分や相続手続き、高額な契約など、法律行為を伴う重要な手続きについては支援の対象外となる場合が多いです。これらの支援が必要な場合は、成年後見制度などを検討する必要があります。
- 費用: サービス内容に応じて利用料が発生します。
どの制度を選ぶか:比較検討のポイント
任意後見制度と日常生活自立支援事業、そして法定後見制度は、それぞれ対象者、支援内容、手続き、費用などが異なります。親御さんがお子さんの権利擁護について検討する際は、以下の点を考慮して、どの制度が最も適しているか、あるいは組み合わせて利用できないかを検討することが重要です。
- お子さんの判断能力の状況: 現時点および将来的にどの程度の判断能力が期待できるかによって、利用できる制度が異なります。
- 必要な支援の内容: どのような支援が必要か(日常的な金銭管理か、重要な財産管理や契約行為か、身上監護に関する広範な支援かなど)によって、適切な制度が異なります。
- 親御さんの希望: 親御さんが後見人等になることを希望するか、専門家など第三者に任せたいか、といった意向も重要な要素です。
- 費用: 各制度の利用にかかる費用(申立て費用、報酬、利用料など)も考慮する必要があります。
- 将来の見通し: お子さんの将来の生活状況や、必要となる可能性のある支援を予測し、長期的な視点で検討することが大切です。
親が事前にできる準備
お子さんの将来の権利擁護について、親御さんが元気なうちからできる準備は多くあります。
- お子さんの意思や希望の把握: 可能であれば、お子さん自身の生活や将来に関する希望、大切にしていることなどを聞き取り、記録しておくことは、どのような権利擁護の形が本人にとって望ましいかを考える上で非常に重要です。
- 情報収集と学習: 成年後見制度、任意後見制度、日常生活自立支援事業など、利用できる制度について正確な情報を収集し、理解を深めることが第一歩です。
- 信頼できる相談相手を見つける: 一人で抱え込まず、信頼できる専門家(弁護士、司法書士、社会福祉士など)や相談機関に早めに相談することが大切です。
- 家族での話し合い: ご夫婦や、お子さんの兄弟姉妹を含め、家族間で将来について話し合う機会を持つことも重要です。
- 財産状況の整理: 将来、財産管理が必要になった場合に備え、預貯金、不動産、年金などの情報を整理しておくと良いでしょう。
相談先
権利擁護に関する相談は、様々な機関で受け付けています。
- 相談支援事業所: 障害のある方の総合的な相談窓口として、権利擁護に関する情報提供や、適切な機関へのつなぎ役を担ってくれます。
- 市区町村の障害福祉担当窓口: お住まいの自治体の窓口でも、地域の制度や相談先について案内を受けられます。
- 社会福祉協議会: 日常生活自立支援事業に関する相談や、地域の福祉サービスに関する情報提供を行っています。
- 成年後見センター: 各地の弁護士会、司法書士会、社会福祉士会などが設置しており、成年後見制度に関する相談を受け付けています。
- 弁護士会、司法書士会: 任意後見契約書の作成支援や、法定後見制度に関する専門的な相談が可能です。
- 地域包括支援センター: 高齢者とその家族のための相談窓口ですが、成年後見制度などに関する情報も持っており、状況に応じて連携が可能です(お子さんが高齢の場合など)。
これらの機関に相談することで、お子さんの状況に合わせた最適な権利擁護の方法について、具体的なアドバイスを得ることができます。
まとめ
障害のある成人したお子さんの将来の権利擁護は、親御さんにとって避けて通れない重要な課題です。成年後見制度だけでなく、任意後見制度や日常生活自立支援事業など、親御さんが事前に検討し、準備できる様々な選択肢があります。
どの制度が適しているかは、お子さんの状況や必要な支援の内容によって異なります。一人で悩まず、まずは情報収集を行い、信頼できる相談機関に早めに相談することが、将来の安心につながる第一歩です。この記事が、皆様の準備と行動のきっかけとなれば幸いです。