障害のある子の将来を見据えた成年後見制度 申立てのステップと後見人の具体的な役割
はじめに:成年後見制度、聞いたことはあるけれど…
障害や病気を持つ方の将来を考えた際、「成年後見制度」という言葉を耳にする機会があるかもしれません。この制度は、判断能力が十分でない方を保護し、支援するための重要な仕組みです。特に、障害のある成人したお子さんの将来について考えるとき、ご本人の権利や財産をどのように守っていくかは、多くの方が抱える課題の一つです。
成年後見制度について「名前は知っているけれど、具体的にどのような制度なのか」「利用するにはどうすればいいのか」「後見人になると、どのようなことをするのか」といった疑問や不安をお持ちの方もいらっしゃるでしょう。
この記事では、障害のある方の権利擁護や財産管理の手段として検討されることの多い成年後見制度について、特に法定後見制度の具体的な申立て手続きの流れと、後見人の役割や仕事内容に焦点を当てて解説します。ご本人の安心できる将来のために、制度への理解を深める一助となれば幸いです。
成年後見制度とは
成年後見制度は、認知症、知的障害、精神障害などによって判断能力が十分でない方について、不利益な契約を結んでしまったり、財産を不当に奪われたりすることから保護し、ご本人を法律的に支援する制度です。この制度を利用することで、ご本人に代わって財産管理や契約行為などを行う「後見人等」が選任されます。
成年後見制度には、大きく分けて「法定後見制度」と「任意後見制度」があります。
- 法定後見制度: すでに判断能力が十分でなくなった方について、家庭裁判所が援助者(成年後見人・保佐人・補助人)を選任する制度です。ご本人の判断能力の程度に応じて、「後見」「保佐」「補助」の3つの類型があります。
- 任意後見制度: 将来、判断能力が不十分になった場合に備え、ご本人が判断能力があるうちに、あらかじめご自身で選んだ方(任意後見人)に、どのような事務について代理権を与えるかを契約(任意後見契約)によって定めておく制度です。
障害のある成人したお子さんの権利擁護や財産管理を検討する際に、すでに判断能力が不十分となっている場合には、主に法定後見制度が利用されます。この記事では、法定後見制度を中心に解説を進めます。
法定後見制度の申立て手続きの具体的なステップ
法定後見制度を利用するためには、家庭裁判所への申立てが必要です。申立てから後見人等が選任されるまでの主な流れは以下の通りです。
1. 申立ての準備
まず、申立てに必要な書類を準備します。必要書類は、ご本人の状況や家庭裁判所によって異なる場合がありますが、一般的には以下のような書類が必要です。
- 申立書
- 申立事情説明書
- 財産目録
- 収支状況報告書
- ご本人の戸籍謄本、住民票
- 申立人(申立てを行う方)の戸籍謄本、住民票
- 成年後見人等候補者(候補者を立てる場合)の住民票
- ご本人の診断書(家庭裁判所が指定する書式)
- 登記されていないことの証明書(法務局で取得)
- その他(預貯金通帳のコピー、不動産の登記簿謄本など、ご本人の財産や収入に関する書類)
これらの書類は、家庭裁判所のウェブサイトからダウンロードできる場合や、管轄の家庭裁判所の窓口で入手できる場合があります。
2. 申立て
必要書類が揃ったら、ご本人の住所地を管轄する家庭裁判所に書類を提出して申立てを行います。申立てができるのは、ご本人、配偶者、四親等内の親族、成年後見人等、成年後見監督人等、市区町村長などです。
申立て時には、収入印紙代や郵便切手代などの費用がかかります。また、家庭裁判所が必要と判断した場合、ご本人の判断能力について医師の鑑定を行うことがあり、その鑑定費用が必要となる場合もあります。
3. 家庭裁判所による調査・審理
申立てが行われると、家庭裁判所による調査が開始されます。 家庭裁判所の職員(家庭裁判所調査官など)が、申立人や成年後見人等候補者、ご本人と面談するなどして、申立ての理由、ご本人の状況、財産や生活状況、成年後見人等候補者の適格性などを調査します。 必要に応じて、申立ての際に提出した医師の診断書に基づき、さらに詳しい精神鑑定が行われることもあります。
4. 審判
調査の結果を踏まえ、家庭裁判所は成年後見等を開始するかどうか、誰を成年後見人等に選任するかなどを判断し、「審判」を行います。 成年後見人等には、親族が選ばれることもありますが、事案の複雑さや親族間に争いがある場合などには、専門職(弁護士、司法書士、社会福祉士など)や、地域で活動する市民後見人、または弁護士法人や司法書士法人といった法人が選任されることもあります。誰を成年後見人等とするかは、ご本人の利益を最も重視して家庭裁判所が判断します。
5. 後見の開始・登記
審判が確定すると、成年後見等の開始が効力を生じます。家庭裁判所は、成年後見人等の氏名や権限などを法務局に登記する手続きを行います。この登記により、成年後見人等の権限が公的に証明されることになります。
これらの手続きには、事案にもよりますが、申立てから審判確定まで数ヶ月かかるのが一般的です。
後見人とは? その役割と種類
成年後見制度における「後見人等」は、判断能力が不十分なご本人(被後見人等)の権利や財産を守り、生活を支援する役割を担います。法定後見制度においては、ご本人の判断能力の程度に応じて「後見人」「保佐人」「補助人」と呼ばれますが、ここでは判断能力が最も不十分な方を支援する「成年後見人」を例に、その役割や種類について解説します。
後見人の主な役割と権限
後見人には、主に以下の2つの大きな役割があります。
- 財産管理: ご本人の財産(預貯金、不動産、年金、収入など)を適切に管理し、ご本人の生活費や医療費などの支払いを計画的に行います。ご本人の同意なしに財産を処分したり、後見人の利益のために財産を利用したりすることはできません。
- 身上保護: ご本人が快適な日常生活を送れるよう、生活、医療、介護に関する様々な契約や手続きを行います。例えば、介護サービスの利用契約、施設への入所契約、医療機関との入院・治療契約などです。ただし、実際に食事の世話や身体介護を行うわけではありません。あくまで、ご本人の生活やケアに関する「契約」や「手続き」を行うことです。
後見人には、ご本人の財産に関するほぼ全ての法律行為を代理する権限や、ご本人が行った不利益な法律行為を取り消す権限(取消権)などが与えられます。
後見人の種類
家庭裁判所によって選任される後見人には、以下のような種類があります。
- 親族後見人: ご本人の親、子、兄弟姉妹などの親族が選任されるケースです。ご本人のことをよく理解しているというメリットがある一方、財産管理の知識がなかったり、親族間で意見が対立したりするリスクもあります。
- 専門職後見人: 弁護士、司法書士、社会福祉士などの専門家が選任されるケースです。専門知識と経験に基づいて、適切かつ公平に事務を行うことが期待できます。
- 市民後見人: 弁護士会や社会福祉協議会などが実施する養成研修を修了し、家庭裁判所から選任された一般市民です。地域の中でご本人を支える役割が期待されます。
- 法人後見: 弁護士法人や司法書士法人、社会福祉法人などが選任されるケースです。組織として後見事務を行うため、担当者が交代しても継続性が保たれるなどのメリットがあります。
事案によっては、複数の後見人が選任されることもあります(例えば、親族後見人と専門職後見人が共同で後見人となるなど)。
また、後見人が不正を行わないよう、後見人の事務を監督する「後見監督人」が家庭裁判所によって選任されることもあります。
後見人の具体的な仕事内容の例
後見人に選任された後、具体的にどのような仕事を行うのでしょうか。主な仕事内容の例を挙げます。
- ご本人の財産状況の調査・把握
- 家庭裁判所への財産目録・年間収支予定報告書の提出
- ご本人の預貯金の管理(後見人名義の専用口座を開設することが多い)
- 年金や給付金などの受領
- 税金、公共料金、家賃、医療費、施設利用料などの支払い
- 定期的な財産管理状況の記録と家庭裁判所への報告
- 介護サービスや医療サービスの利用契約・費用の支払い
- 施設の入退所に関する契約・手続き
- ご本人の住民票の異動手続き
- 日用品の購入などのためのご本人への金銭交付(小遣い渡し)
- ご本人との面会、生活状況の確認
後見人は、ご本人の生活や財産に関わる重要な決定を、ご本人の意思や状況を最大限に尊重して行う必要があります。
成年後見制度利用における留意点
成年後見制度の利用を検討する際には、いくつかの留意点があります。
- 制度の開始と終了: 法定後見制度は、一度開始されると、ご本人の判断能力が回復しない限り原則として終了しません。後見人が死亡したり辞任したりした場合は、新たな後見人が選任されます。
- 後見人への報酬: 親族後見人の場合は無報酬であることが多いですが、専門職後見人や市民後見人、法人後見人には、家庭裁判所が定めた報酬基準に基づき、ご本人の財産から報酬が支払われます。
- 家庭裁判所への報告義務: 後見人は、家庭裁判所の監督を受け、定期的に財産管理や身上保護の状況を家庭裁判所に報告する義務があります。
- ご本人の意思尊重: 後見人は、ご本人の意思決定能力が低下していても、残された意思や判断能力を可能な限り尊重し、ご本人の最善の利益を考慮して後見事務を行わなければなりません。
- 家族の関わり: 後見人が選任されても、ご家族との関係性がなくなるわけではありません。引き続きご本人を支え、後見人と連携していくことが重要です。
申立ての前に検討すべきこと、相談先
成年後見制度の申立ては、ご本人の権利擁護のための有効な手段ですが、手続きには時間と費用がかかり、一度開始すると原則として終了しません。申立てを行う前に、本当に成年後見制度が必要なのか、他の支援方法(例えば、日常生活自立支援事業、家族信託など)では対応できないのかなどを慎重に検討することが大切です。
また、成年後見制度を利用するにあたって、不安なことや疑問点がある場合は、一人で悩まず専門機関に相談することをお勧めします。
- 家庭裁判所: 成年後見制度の手続きに関する情報提供や申立ての相談に乗ってくれます。
- 市区町村の窓口(福祉担当課など): 成年後見制度を含む様々な福祉制度について相談できます。
- 地域包括支援センター(主に高齢者向けですが、連携により情報が得られることも)
- 相談支援事業所: 障害福祉サービス利用のための計画作成などを行う事業所ですが、ご本人の生活全般に関する相談にも応じ、成年後見制度などの情報提供や関連機関への橋渡しをしてくれる場合があります。
- 弁護士会・司法書士会: 成年後見制度に関する電話相談や面談相談を実施している場合があります。申立て手続きの代行を依頼することも可能です。
- 社会福祉協議会: 日常生活自立支援事業の実施や、市民後見人の養成・支援を行っている場合があります。
複数の相談先に話を聞いてみることで、ご本人にとって最も適切な支援方法が見えてくるでしょう。
まとめ
この記事では、障害のある方の将来を考える上で知っておきたい成年後見制度、特に法定後見制度の申立て手続きと後見人の役割について解説しました。成年後見制度は、判断能力が不十分なご本人の権利や財産を守り、安心できる生活を支えるための重要な制度です。
申立ての手続きは複雑に感じられるかもしれませんが、家庭裁判所や市区町村の窓口、相談支援事業所、弁護士会、司法書士会などの専門機関がサポートしてくれます。
将来への不安を軽減し、大切なご家族が自分らしく安心して暮らしていくために、成年後見制度を含む様々な支援制度について理解を深め、必要に応じて早めに専門家や相談機関に相談してみることをお勧めします。制度を適切に利用することで、ご本人だけでなく、ご家族の安心にも繋がるはずです。