障害のある子のための支援情報整理術 親が元気なうちから始める「引き継ぎノート」の作り方
はじめに:将来を見据えた「情報」のバトンタッチ
障害のあるお子様が成人され、親御様が将来のことを考える際、様々な不安やお悩みをお持ちになることと思います。「自分に何かあったら、この子はどのように暮らしていくのだろうか」「誰がこの子のことを一番理解し、必要な支援につないでくれるのだろうか」といった疑問や不安は、多くの方が抱えるものです。
特に、お子様のこれまでの人生で培われてきた大切な情報――医療的な記録、障害特性、日々の支援のポイント、好き嫌い、人間関係、利用しているサービスの内容など――は、親御様が最もよく把握していらっしゃることでしょう。しかし、これらの情報が親御様しか知らない状態であると、将来、お子様を支える方が代わった際に、適切な支援の継続が難しくなったり、緊急時の対応が遅れたりする可能性があります。
そこで重要になるのが、これらの情報を体系的に整理し、将来、お子様を支えるであろう方々へスムーズに引き継ぐための準備です。この記事では、親御様が元気なうちに始めていただきたい「支援情報整理術」として、「引き継ぎノート」の作成を中心に、その具体的な内容や活用方法について解説します。
なぜ支援情報の整理・引き継ぎが必要なのか
障害のある方の支援に必要な情報は多岐にわたります。これらの情報が整理されていない場合、以下のような課題が生じる可能性があります。
- 支援の継続性の問題: これまで親御様が行ってきた細やかな配慮や、お子様の特性に合わせた対応方法などが、新しい支援者や関係機関に十分に伝わらず、支援の質が低下する可能性があります。
- 緊急時の対応遅延: 災害時や親御様の体調不良、お子様の急な病気など、緊急事態が発生した際に、必要な情報(医療情報、連絡先、避難方法など)がすぐに得られず、対応が遅れるリスクがあります。
- 関係機関との連携不足: 医療機関、福祉サービス事業所、学校・事業所、行政など、多くの方がお子様の支援に関わりますが、関係者間で情報が共有されていないと、一貫性のある支援が難しくなります。
- お子様の意思決定支援への影響: お子様の意思や希望を把握するための情報(日頃の様子の記録、好きなこと・苦手なことなど)が整理されていないと、将来、成年後見人やその他の支援者がお子様の意思を推定し、尊重した意思決定を支援することが困難になることがあります。
- 引き継ぐ方の負担増: 親御様に代わって支援を担う方が、ゼロからお子様の情報を収集し、関係性を築いていくには、大きな時間と労力がかかります。
これらの課題を解消し、お子様が親亡き後も安心して、自分らしく暮らしていくためには、親御様が把握している大切な情報を「見える化」し、いつでも参照・共有できる状態にしておくことが不可欠です。
「引き継ぎノート」とは? 整理すべき情報の種類
「引き継ぎノート」とは、お子様の支援に必要な情報を一冊のノートやファイルにまとめたものです。形式に決まりはありませんが、必要な情報が網羅され、分かりやすく整理されていることが重要です。デジタルデータで管理することも可能です。
具体的にどのような情報を盛り込むべきでしょうか。以下に例を挙げます。
1. 基本情報
- お子様の氏名、生年月日、住所、電話番号、メールアドレス
- 戸籍、住民票に関する情報(必要に応じて)
- 障害者手帳の種類と等級、交付年月日
- 障害支援区分(障害程度区分)
- 年金、手当等の受給状況(障害年金、特別児童扶養手当など)
- 加入している保険(医療保険、生命保険など)
- 預貯金口座、金融機関の情報(親亡き後の財産管理に関する情報と連携)
- 印鑑登録、マイナンバーカードに関する情報
2. 健康・医療情報
- かかりつけ医(診療科、病院名、医師名、連絡先)
- 持病、アレルギー、服薬中の薬(薬の名前、用量、服用時間、目的、保管方法)
- 過去の大きな病気や手術、入院歴
- 定期的な健康診断や検査の記録
- 歯医者、その他専門医の情報
- 利用している医療機器(吸引器、注入ポンプなど)に関する情報
3. 障害特性と支援・ケアの方法
- 障害名、診断名
- 具体的な障害特性(コミュニケーション方法、感覚過敏/鈍麻、こだわり、パニックを起こしやすい状況とその対応方法など)
- 日中の過ごし方、活動内容
- 食事、排泄、入浴、着替えなど、日常生活動作における支援のポイント
- 睡眠のパターンと配慮事項
- 好きなこと、興味があること、得意なこと
- 苦手なこと、嫌いなこと、不安を感じやすい状況
- 日々の機嫌や体調の変化のサイン
- 困ったときの対応方法(落ち着かせ方、声かけの仕方など)
4. 関係機関・支援者リスト
- 相談支援事業所(事業所名、担当者名、連絡先)
- 利用している障害福祉サービス事業所(事業所名、サービス内容、担当者名、連絡先)
- 通所先・勤務先(事業所名、担当者名、連絡先)
- 学校、特別支援学校に関する情報(卒業した学校、お世話になった先生など)
- 利用している医療機関のリスト
- キーパーソン、将来の支援者候補(親族、友人、信頼できる専門職など)の氏名、関係性、連絡先
5. 財産・お金に関する情報(親亡き後を見据えて)
- お子様名義の預貯金、その他資産に関する情報(上記1.と重複可)
- 親御様の財産に関する情報(遺言書、特定贈与など将来的な資産移転に関する情報)
- 成年後見制度利用に関する検討状況
- 財産管理を依頼している専門家(税理士、弁護士など)の情報(いれば)
6. 手続き関連情報
- 各種申請・更新手続きの履歴や今後の予定
- 重要な契約に関する情報(賃貸契約、サービスの利用契約など)
7. 緊急連絡先
- 親族(きょうだい、その他)の連絡先
- 相談支援事業所、サービス事業所、医療機関の緊急連絡先
- 成年後見人等の連絡先(選任されている場合)
「引き継ぎノート」の作り方と活用方法
1. 情報の収集と整理
まずは、上記のような項目を参考に、お子様に関する情報をリストアップしてみましょう。母子手帳、通院記録、サービス等利用計画、学校や事業所との連絡帳、日々のメモなどを集めるところから始めます。情報を収集したら、項目ごとに分類し、分かりやすい言葉で記述していきます。専門用語は避け、誰が読んでも理解できるように心がけましょう。
2. 形式の選択
ノート、ルーズリーフファイル、クリアファイルにまとめた資料、パソコンで作成したデータ、クラウド上の共有ドキュメントなど、様々な形式が考えられます。親御様ご自身が作成しやすく、将来引き継ぐ方がアクセスしやすい形式を選びましょう。更新のしやすさも考慮すると良いでしょう。
3. 具体的な記述を心がける
「落ち着きがない」「こだわりが強い」といった抽象的な表現だけでなく、具体的な状況や行動、それに対する効果的な声かけや対応方法を記述することが重要です。「〇〇な時に△△と声をかけると落ち着きやすい」「苦手な場所に行く前に□□の情報提供があると安心できる」など、日々の経験に基づいた具体的な情報を盛り込みましょう。
4. 写真や図、エピソードを添える
お子様の表情が分かる写真、好きなものを写した写真、自宅や日頃利用する場所の簡単な間取り図などを添えると、より状況が伝わりやすくなります。また、お子様の性格や人柄が伝わるようなエピソードを記述するのも良いでしょう。
5. 定期的な見直しと更新
お子様の成長や状況の変化、利用するサービスや関係機関の変更などに合わせて、定期的に「引き継ぎノート」の内容を見直すことが非常に重要です。最低でも年に一度は全体を見直し、必要に応じて加筆・修正を行いましょう。
6. 関係者との情報共有の検討
作成した「引き継ぎノート」を、お子様の支援に関わる可能性のあるキーパーソン、相談支援専門員、成年後見人候補者、兄弟姉妹などと共有することを検討しましょう。一度に全てを共有する必要はありませんが、必要な情報にいつでもアクセスできる体制を整えておくことが、将来の安心につながります。ただし、プライバシーには十分配慮し、情報の共有範囲については関係者とよく相談して決めましょう。
7. 緊急時の活用を意識する
緊急時にすぐに取り出せる場所に保管し、緊急連絡先など特に重要な情報は、関係者と事前に共有しておくことを強く推奨します。
この「引き継ぎノート」が役立つ場面
作成した「引き継ぎノート」は、親亡き後だけでなく、現在から様々な場面で活用できます。
- 新しい支援者が担当になった時: お子様のことを短時間で理解してもらうための情報源として役立ちます。
- 医療機関を受診する時: お子様の既往歴、服薬中の薬、アレルギー、特性に合わせた受診時の配慮事項などを医師や看護師に伝える際に役立ちます。
- サービス等利用計画を作成・見直しする時: お子様の希望や日々の様子、必要な支援を相談支援専門員に正確に伝えるための参考資料となります。
- 災害時や緊急時: お子様の状況、連絡先、必要な配慮などを迅速に共有できます。
- お子様自身の意思決定支援: お子様のこれまでの経験や好き嫌いなどが記録されていることで、将来、本人の意思を推定する手がかりとなります。
- 親御様ご自身の安心のため: お子様の情報が整理され、将来への準備が進んでいるという実感は、親御様自身の大きな安心につながります。
相談先と今後のステップ
「引き継ぎノート」の作成は、時間と労力が必要な作業です。一人で抱え込まず、必要に応じて専門機関に相談しながら進めることをお勧めします。
- 相談支援事業所: 障害福祉サービスの利用に関する相談だけでなく、お子様の将来設計全般、必要な情報の整理や関係機関との連携について相談することができます。
- 市区町村の障害福祉担当窓口: 地域で利用できる制度やサービスに関する情報提供、相談支援事業所の紹介などを受けることができます。
- 社会福祉協議会(日常生活自立支援事業): 金銭管理など、将来の生活に関する相談に乗ってもらえる場合があります。
- 弁護士、司法書士、行政書士: 成年後見制度の検討や、将来の財産に関する準備(遺言書作成など)と合わせて、必要な情報の整理について相談できる場合があります。
まずは、できるところから少しずつ情報を集め、書き出してみましょう。「完璧を目指す必要はない」と考えて、肩の力を抜いて取り組むことが大切です。
まとめ:将来への「安心」を形にする
障害のあるお子様の支援に必要な情報を整理し、「引き継ぎノート」としてまとめることは、親亡き後を見据えた非常に重要な準備です。このノートは、お子様の「取扱説明書」や「人生の記録」のようなものであり、将来、お子様を支える全ての人にとって、何よりも頼りになる情報源となります。
情報の整理は、単にデータをまとめるだけでなく、親御様がお子様とどのように向き合い、どのような願いを持っているのかを再確認する機会にもなります。そして、その願いを将来へつなぐための具体的な一歩となるのです。
今から少しずつ準備を始めることで、将来への漠然とした不安が軽減され、お子様と親御様双方にとって、より安心できる未来につながることでしょう。ぜひ、この記事を参考に、「引き継ぎノート」の作成に取り組んでみてください。