障害のある子の親亡き後 キーパーソンの役割と親が元気なうちからできる準備
はじめに:親亡き後の「誰が支えるか」という不安に寄り添う
親御さんにとって、ご自身が高齢になったり、万が一のことがあったりした際に、成人された障害のあるお子様が安心して暮らしていけるのか、という不安は尽きないものです。特に、「親亡き後、誰が日常的なことを見てくれるのか」「何かあったときに、誰に頼めば良いのか」といった、「誰が支え、誰が中心となって動いてくれるのか」という点が大きな心配事となるかもしれません。
この記事では、親亡き後にお子様の生活を支える上で中心的な役割を担うことになる「キーパーソン」とはどのような存在か、どのような役割が期待されるのか、そして親御さんが安心して将来を迎えるために、元気なうちからどのような準備ができるのかについて解説します。
「キーパーソン」とは何か? その多様な役割
親亡き後の「キーパーソン」という言葉に、法律上の明確な定義はありません。しかし、ここでは、お子様の生活全般を見守り、必要な手続きや関係機関との連絡調整など、実質的なサポートの中心となる方を指すものとします。
キーパーソンに期待される役割は多岐にわたります。
- 日常的な見守り: お子様の健康状態や生活状況の変化に気づき、必要に応じて対応を検討する。
- 緊急時の対応: 体調の急変や事故など、緊急事態が発生した際に、医療機関や関係機関と連携して対応する。
- 関係機関との連携: 相談支援事業所、入所施設・グループホーム、医療機関、行政機関など、お子様の生活を支える様々な関係者との連絡調整を行う。
- 生活に関する手続き: 役所への届け出、公共料金の支払い、契約関係の見直しなど、お子様だけでは難しい手続きをサポートする。
- 意思決定支援: お子様の意思や希望を尊重し、様々な選択肢について一緒に考え、決定を支援する。
- 財産管理や契約: 成年後見人など、法的な権限を持つキーパーソンは、財産の管理や福祉サービスの利用契約などを行います。
これらの役割の全てを一人のキーパーソンが担う必要はありません。状況に応じて、複数の機関や人が連携してサポート体制を築くことが一般的です。
想定されるキーパーソンとそれぞれの特徴
親亡き後のキーパーソンとなりうる存在としては、いくつかのパターンが考えられます。
1. 親族(きょうだい、おじ・おばなど)
最も身近な存在として、お子様のきょうだいや親戚がキーパーソンとなるケースは少なくありません。
- メリット: お子様との関係性が深く、これまでの生活や人となりをよく理解している場合が多いです。愛情や信頼関係に基づいてサポートが行われやすいでしょう。
- デメリット: サポートを担う親族の負担(時間、精神面、経済面)が大きくなる可能性があります。また、親亡き後の財産分配など、別の問題との兼ね合いも生じうるため、事前の十分な話し合いが必要です。親族が高齢であったり、遠方に住んでいたりする場合など、現実的なサポートが難しいケースもあります。
2. 成年後見人等(法定後見人、任意後見人)
家庭裁判所に選任された成年後見人や、事前に契約した任意後見契約に基づく任意後見人などがキーパーソンとなるケースです。親族が後見人となることもあれば、弁護士、司法書士、社会福祉士などの専門職や、社会福祉協議会などの法人が後見人となることもあります。
- メリット: 法律に基づいた権限(財産管理権、身上監護権)を持つため、契約や手続きを円滑に進めることができます。専門職や法人の後見人であれば、豊富な知識と経験に基づいて、公平かつ安定的なサポートが期待できます。
- デメリット: 制度利用には手続き(申立てや契約)が必要です。専門職後見人には報酬が発生します。日常的な「見守り」や「交流」といった役割は、必ずしも後見人の主要な業務に含まれない場合もあります。また、後見制度は本人の権利擁護を目的としており、親御さんの希望だけですべてをコントロールできるわけではありません。
3. 相談支援事業所や施設の職員
お子様が利用している相談支援事業所の相談支援専門員や、グループホーム、入所施設などの職員が、日常的なキーパーソンとしての役割を担うこともあります。
- メリット: 日頃からお子様と接しており、生活状況を把握しています。他の関係機関との連携もスムーズに行われることが多いです。
- デメリット: 相談支援専門員や施設の職員は、その事業所のサービス範囲内でのサポートが基本となります。財産管理や法的な手続きなど、権限が必要な対応は行えません。あくまでサービス提供の一環であり、個人的な「キーパーソン」とは役割が異なります。
親が元気なうちからできる「キーパーソン」のための準備
親亡き後にお子様の生活を安心して任せられるキーパーソンを見つけ、スムーズにサポートを開始してもらうためには、親御さんが元気なうちから様々な準備をしておくことが非常に重要です。
1. お子様の情報を整理・共有する
お子様の生活に関するあらゆる情報を整理し、いざというときにキーパーソンとなる方に共有できるようにしておきましょう。
- 基本情報: 氏名、生年月日、障害の種類・程度、障害者手帳情報など。
- 健康・医療情報: かかりつけ医、持病、服薬状況、アレルギー、既往症、緊急連絡先、健康保険証・医療費受給者証情報など。
- 日課・生活習慣: 起床時間、食事の時間、好きなこと・嫌いなこと、余暇の過ごし方など。
- 人間関係: 交流のある親族、友人、地域の方々など。
- 利用中のサービス: 相談支援事業所、日中活動サービス、ショートステイ、訪問系サービスなどの利用状況、契約内容、担当者名など。
- 財産情報: 預貯金口座、年金情報、保険情報、不動産などのリスト。収入・支出の状況。
- こだわり・配慮が必要な点: 本人の気持ちが落ち着く方法、苦手なこと、コミュニケーションの取り方の工夫など。
これらの情報は、エンディングノートや親御さんご自身のノートなどにまとめておくと良いでしょう。
2. 財産状況と将来必要なお金を整理する
親亡き後もお子様が経済的に安定して暮らすためには、財産状況を正確に把握し、将来必要となる資金について計画を立てることが不可欠です。
- 現在の資産(預貯金、有価証券、不動産など)と負債(借入金など)をリストアップします。
- 毎月の収入(障害年金、賃金など)と支出(家賃、食費、医療費、サービス利用料など)を把握します。
- 将来必要となるであろう費用(施設の利用料、医療費、特別な出費など)を見積もります。
- 不足が生じる場合は、資産をどのように活用するか、どのような支援制度(障害福祉サービス、医療費助成など)を利用できるか検討します。
- これらの情報を整理し、キーパーソンとなる方がお金の管理を引き継ぎやすいように準備しておきます。
3. 親族や関係機関とコミュニケーションを始める
キーパーソン候補となる親族(特にきょうだい)がいる場合は、早いうちからお子様の状況や将来について話し合いの機会を持ちましょう。どのようなサポートが必要になりそうか、誰がどのような形で関わることができそうか、率直な意見交換が重要です。
また、現在お子様をサポートしてくれている相談支援事業所や日中活動の場の担当者とも、親亡き後のことについて相談を始めてみましょう。事業所としてどのようなサポートが可能か、地域資源としてどのような選択肢があるか、といった情報を提供してもらえることがあります。
4. 成年後見制度やその他の権利擁護制度を検討する
親族にキーパーソンを依頼することが難しい場合や、財産管理や契約など法的な手続きが必要になることが想定される場合は、成年後見制度の利用を検討します。親が元気なうちは、将来の後見人候補者を事前に決めておく任意後見契約も有効な選択肢です。
その他、日常的な金銭管理や手続きのサポートが必要な場合は、社会福祉協議会が実施する日常生活自立支援事業なども利用可能です。これらの制度についても、専門家や相談機関に相談して、お子様の状況に合った選択肢を検討することが大切です。
5. 親御さんご自身の意思を表明しておく
親御さんがお子様の将来についてどのような希望を持っているのか、どのようなサポートを望んでいるのかを明確にしておくことも重要です。これは、キーパーソンが親御さんの意思を汲み取り、お子様の意向と合わせてより良いサポート体制を築く上で役立ちます。
エンディングノートや手紙などに、お子様へのメッセージや希望を書き残しておくことも、一つの方法です。
準備を進める上での留意点
親亡き後に向けた準備は、すぐに全てを完璧に終わらせる必要はありません。時間をかけて、お子様の成長や状況の変化に合わせて見直していくことが大切です。
- お子様本人の意思を尊重する: 可能な限り、お子様自身の意思や希望を確認し、準備に反映させましょう。意思決定支援に関する情報も参考にしてください。
- 専門家や相談機関を活用する: 障害福祉サービスの相談支援事業所、市区町村の障害福祉窓口、地域包括支援センター、弁護士、司法書士、社会福祉協議会など、様々な専門家や相談機関があります。一人で悩まず、積極的に相談してみましょう。
- 完璧を目指しすぎない: 全てを想定し、完璧な計画を立てることは難しいかもしれません。重要なのは、誰にどのようなサポートを頼むかを考え、情報を整理し、関係者とのコミュニケーションを始めることです。
相談先
親亡き後のキーパーソンや将来設計について相談したい場合は、以下のような機関が役立ちます。
- 相談支援事業所: 障害のある方の生活全般に関する相談に応じ、サービスの利用計画作成などを支援します。地域の事業所に相談してみましょう。
- 市区町村の障害福祉担当窓口: 地域の福祉制度やサービスに関する情報提供、申請受付などを行います。
- 地域包括支援センター: 高齢者の総合相談窓口ですが、障害のある方の家族からの相談に応じる場合もあります。
- 社会福祉協議会: 日常生活自立支援事業など、権利擁護に関する事業を行っている場合があります。
- 弁護士会、司法書士会: 成年後見制度や相続、遺言など、法的な手続きについて相談できます。
まとめ
親亡き後、障害のあるお子様が安心して暮らしていくためには、お子様を支える「キーパーソン」の存在と、その役割を支える事前の準備が非常に重要です。親御さんが元気なうちに、お子様の情報整理、財産状況の把握、親族や関係機関との連携、成年後見制度などの検討を進めることで、将来への不安を少しずつ軽減し、より安心できるサポート体制を築くことができます。一人で抱え込まず、様々な専門機関に相談しながら、一歩ずつ準備を進めていきましょう。