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障害のある子の親亡き後を見据えた財産管理 親が元気なうちに検討したい「家族信託」とは?

Tags: 家族信託, 財産管理, 親亡き後, 権利擁護, 障害のある子

はじめに:親亡き後の財産管理への不安と新たな選択肢

お子様に障害がある場合、親御様がご存命のうちだけでなく、「親亡き後」にお子様の生活をどのように支えていくか、特に財産管理や生活費の確保について、多くの不安を抱えていらっしゃるかと存じます。 これまでは、親亡き後の財産管理の仕組みとして成年後見制度が広く知られていました。成年後見制度は、判断能力が十分でない方の権利や財産を保護するための重要な制度です。しかし、一度開始すると原則として本人が亡くなるまで続き、家庭裁判所への報告義務があるなど、運用の柔軟性に制約があると感じられる方もいらっしゃるかもしれません。

近年、親亡き後のお子様の財産管理や生活安定を考える上で、成年後見制度と並ぶ、あるいは補完する選択肢として「家族信託」が注目されています。家族信託は、ご自身の財産を信頼できる家族に託し、契約で定めた目的に沿って管理・運用してもらう仕組みです。

この記事では、障害のあるお子様を持つ親御様が、親亡き後を見据えた財産管理の選択肢として「家族信託」を検討する際に知っておきたい基本的な情報、メリット・デメリット、手続きの概要、そして相談先について分かりやすく解説します。

家族信託とは? その基本的な仕組み

家族信託とは、特定の目的(例: 障害のある子の生活保障)のために、ご自身の財産(お金、不動産など)を、信頼できる家族(または専門家)に託し、管理・運用・承継を任せる仕組みです。これは、法律上の「信託」という制度を家族間で活用するものです。

家族信託には、主に3人の登場人物がいます。

委託者と受託者との間で「信託契約」を結ぶことで、家族信託は始まります。この契約書には、どの財産を信託するのか、受託者は財産をどのように管理・運用するのか、受益者(お子様)のためにどのように財産を使うのか、信託が終了するのはどのような時か、などが具体的に定められます。

障害のある子を持つ親にとっての家族信託のメリット

家族信託は、障害のあるお子様の将来のために、以下のようなメリットが考えられます。

1. 財産管理の柔軟性が高い

信託契約の内容を柔軟に設計できるため、成年後見制度よりも幅広い対応が可能です。例えば、「お子様の生活費」「医療費」「グループホームの費用」「余暇活動費」など、具体的な支出の項目や金額の目安を契約書に盛り込むことができます。また、不動産の売却や買い替えなど、受託者の権限範囲を契約で細かく定めることも可能です。これにより、お子様のニーズに合わせてきめ細やかな財産管理を実現しやすくなります。

2. 親御様の意向を長期的に反映できる

信託契約は親御様(委託者)の意思に基づいて作成されます。そのため、親御様が元気なうちに「お子様の将来をどうしてほしいか」という願いや考えを、契約という形で明確に残し、お子様の生涯にわたってその意向に沿った財産管理が行われるように設定できます。例えば、将来的な居住環境の変化に備えた不動産の取り扱いや、特定の目的のための資金の使い方など、具体的な希望を反映させることが可能です。

3. 「親亡き後」も財産が凍結されない

親御様がお亡くなりになった後、遺言書がない場合や遺産分割協議がまとまらない場合、財産が一時的に凍結され、お子様の生活費などに支障が出るリスクがあります。家族信託であれば、親御様が亡くなった後も、受託者が引き続きお子様のために財産を管理・運用するため、財産が滞りなくお子様の生活のために使われ続けます。

4. 二次相続以降の財産承継先も指定可能

信託契約の中で、「お子様(受益者)が亡くなった後、残った信託財産を誰に引き継がせるか」をあらかじめ指定しておくことができます(二次受益者、帰属権利者などの設定)。例えば、お子様の兄弟姉妹や特定の福祉団体などに承継させたいといった希望を反映できます。これは、遺言書では難しい長期的な財産の承継設計を可能にします。

家族信託のデメリットや留意点

家族信託は有用な仕組みですが、いくつかのデメリットや留意点も存在します。

1. 契約内容の設計が複雑で専門知識が必要

信託契約の内容は、個別の状況に合わせて慎密に設計する必要があります。財産の範囲、管理方法、受益者への給付方法、信託の終了事由など、検討すべき事項が多く、法律や税務に関する専門知識が不可欠です。専門家(弁護士、司法書士など)のサポートなしに進めるのは困難であり、専門家への報酬などの費用が発生します。

2. 税務上の注意点

家族信託を設定する際や、信託した財産から収益が生じた場合、また信託が終了する際など、税金(所得税、相続税、贈与税、不動産取得税など)に関する考慮が必要です。複雑なため、事前に税理士などの専門家に相談し、慎重に進める必要があります。

3. 受託者の負担が大きい

受託者は、信託された財産を契約に従って管理・運用する重要な責任を負います。財産管理や会計処理の義務、受益者への報告義務など、受託者の負担は少なくありません。信頼できる家族を受託者とする場合、その方が将来にわたってその役割を担えるか、負担が大きすぎないかを十分に検討する必要があります。

4. 公的な監督制度がない

成年後見制度のように、家庭裁判所による定期的な財産管理の監督はありません。受託者の管理状況は、原則として信託契約の範囲内でのみ、受益者や契約で定められた監督人などがチェックすることになります。そのため、受託者の選定は非常に重要です。

成年後見制度との比較:どちらを選ぶべきか?

家族信託と成年後見制度は、どちらも判断能力が十分でない方の財産管理などを目的とする制度ですが、仕組みや特徴が異なります。

| 項目 | 家族信託 | 成年後見制度 | | :----------------- | :-------------------------------------------------------------------- | :----------------------------------------------------------------------------- | | 開始時期 | 親御様が元気なうちから始めることが可能 | 本人の判断能力が不十分になった後(原則) | | 目的 | 委託者の意思に基づき、契約で定めた目的に沿って財産を管理・運用・承継 | 本人の判断能力を補い、財産管理や契約などの法律行為を行う(本人の権利擁護が第一) | | 対象財産 | 信託契約で定めた特定の財産のみ | 原則として本人の全財産 | | 管理の柔軟性 | 契約内容を柔軟に設計可能 | 法律で定められた範囲内での管理 | | 監督 | 契約で定めた監督人など(公的な監督はない) | 家庭裁判所による監督がある | | 費用 | 契約作成費用(専門家報酬、公正証書作成費用など)、登記費用など | 申立て費用、後見人への報酬(家庭裁判所が決定)など | | 終了時期 | 契約で定めた事由が発生した時(受益者の死亡など) | 原則として本人の死亡まで | | 二次相続以降 | 契約で財産の承継先を指定できる | 原則として本人の死亡により終了し、相続手続きに移行する | | 身上保護 | 基本的には財産管理が中心。身上監護(医療や介護の契約など)は含まない | 身上監護も職務に含まれる |

どちらの制度が適しているかは、お子様の状況、親御様の財産状況、家族構成、そして「将来どうしてあげたいか」という親御様の願いによって異なります。家族信託は柔軟な財産管理が可能ですが、身上監護は含まれません。成年後見制度は身上監護も含まれますが、財産管理の柔軟性に制約があります。

両方の制度を組み合わせる、あるいはそれぞれの制度の中で工夫を凝らすといった方法も考えられます。専門家と相談し、お子様にとって最も良い選択肢を検討することが重要です。

家族信託の手続きの流れ(概要)

家族信託を検討する場合、一般的には以下のような流れで進めます。

  1. 情報収集と専門家への相談: まずは家族信託の基本的な仕組みを理解し、信頼できる専門家(弁護士、司法書士、税理士など)に相談します。現状や希望を伝え、家族信託がお子様にとって有効な選択肢であるか、また税務上の影響なども含めて検討します。
  2. 信託契約の内容検討・設計: 専門家と協力しながら、信託する財産の範囲、受託者の選定、財産の管理・運用方法、お子様への給付方法、信託の終了事由、二次受益者など、契約の具体的な内容を設計します。お子様の将来の生活を見据え、慎重に検討が必要です。
  3. 信託契約書の作成: 設計した内容に基づき、信託契約書を作成します。後々のトラブルを防ぐためにも、公正証書として作成することが強く推奨されます。
  4. 財産の名義変更など(登記手続): 信託契約に基づき、不動産を信託財産とする場合は名義を受託者に変更する登記手続きなどを行います。お金を信託する場合は、受託者名義の信託専用口座を開設し、財産を移します。

これらの手続きには時間と費用がかかります。また、ご家族(受託者となる方など)との話し合いも非常に重要です。

専門家への相談先

家族信託は専門性が高いため、自己判断で進めるのは避け、必ず専門家に相談してください。

ご自身の状況や相談したい内容に応じて、適切な専門家を選びましょう。複数の専門家が連携してサポートしてくれる場合もあります。まずは、お住まいの地域でこれらの専門家を探してみることをお勧めします。地域の弁護士会や司法書士会などが相談窓口を設けている場合もあります。

まとめ:親が元気なうちから将来について話し合い、準備を

障害のあるお子様の親亡き後を見据えた財産管理は、避けて通れない重要な課題です。家族信託は、親御様の意思を反映させつつ、お子様の生涯にわたる財産管理を柔軟に行える有効な手段の一つとなり得ます。

ただし、家族信託はメリットだけでなくデメリットもあり、専門的な知識が必要です。成年後見制度も含め、様々な選択肢を比較検討し、お子様にとって何が最善かを考えることが大切です。

この検討は、親御様が元気なうちに始めることが何よりも重要です。ご家族と将来について話し合い、信頼できる専門家のサポートを得ながら、お子様が親亡き後も安心して暮らせる仕組みづくりを進めていきましょう。